発酵水は、母なる海の恵みの日本在来の天然海藻(緑藻類・褐藻類・紅藻類)
およそ30種類を独自製法で長期自然発酵させて、手づくりで原液づくりをしている発酵飲料です。

「弱さ」の哲学のやさしいお話



 

今日は「弱さ」がテーマの情報をご紹介します。

誰しもが持っていて、良い悪いでもなく、正しい間違いでもなく正解はないと思いますが、でもやはり、みんなが気になるテーマだと思います。

この情報は、哲学者の三木那由他さんと永井玲衣さんお二人の対談を編集したものです。
それでは、現代ビジネスさんの記事『「弱さ」はどんな可能性をもっているか?哲学者の日常の経験から見えてきたこと』を、下記のアドレスからご覧になり、参考にされてください。

※前段の部分だけをご紹介して、残りは省略しています。

「弱さ」はどんな可能性をもっているか?哲学者の日常の経験から見えてきたこと
現代ビジネス 2022.10.15
「弱さ」の哲学 『群像』2022年10月号より編集
https://gendai.media/articles/-/100718

「弱さ」とは何か。それは悪いものなのか。人はどんなときに弱くなるのか。「弱い」立場の人と一緒にいるときにはどうすればいいのか。
……ともに哲学の研究者である三木那由他さんと永井玲衣さんが、「弱さ」について語り合いました。

(本記事は「群像」2022年10月号に掲載された「「弱さ」のこと……」をウェブ用に編集したものです)

■哲学をすると強くなるのか
三木 :
編集部から「「弱さ」の哲学」というテーマを示されて、まず何の話をしたらいいんだろうと思ったんです。
誰の、どういう弱さのことなのだろうと。いろいろありますよね。哲学する側の人だったり、議論の参加者だったり、「弱さ」そのものを哲学のテーマにすることもあるし。

「群像」だったかオンラインのメディアだったか、永井さんはどこかで「語られたくない人」の話をされていたと思います。
それから、これも永井さんがよくされている、哲学対話は聞くことが大事という話。
「弱い」と形容していいのかどうかわからないけど、永井さんは社会的に見て力のない小学生や中学生相手の哲学対談をなさっていますよね。
今回、「「弱さ」の哲学」について対談するということで頭に浮かんだのは、その二つでした。
対談のカギはその辺にありそうだなと。

永井 :
「弱い」立場にある人との対話を考えたとき、こちらが一方的に語るのではなく、聞き取るとか一緒にいるとか、そういうところからしか始められないなと、私は思っているんです。
だから三木さんの、哲学者がいかにも「哲学者だぞ」という感じで入っていくのは何なんだろう、みたいなツイートを見て、めっちゃいいなと思って。
哲学対話も、哲学者が偉そうに「哲学しましょう」と開くものじゃないと思うんですよね。

哲学は誰のものなのだろうかということを、私は問い続けてきた気がしていて、その応答が、昨年刊行した『水中の哲学者たち』なのかなと思っています。
水中に深く潜れば誰もが哲学者であるということを、私はもしかしたら言いたかったのかなと。
でも書きながら、その水中でさえも限られた場であって、そこに来ることができるのは話せる人だけだということが、ずっと気になっていて、欺瞞に満ちているなとも思っていたんです。
つまり、問いの形としてうまく形づくれていなかったんですね。

そのとき、哲学は誰のものでないのか、誰のものでなくさせられているのかと問わねばならなかったということに気づいて。
対話の場に出向いていって、それこそ弱い立場にある人たちの語りを、こちら……こちらという言い方は変だな、言葉を探しながらしゃべりますけど、私は疎外をしないでいかに聞き取れるか、そして聞いて語ることで私自身も彼らと一緒に変容できるのかということを探したいなと思って、哲学対話を続けてきたのかもしれないと、今は思っています。

哲学をすると強くなるという通念みたいなものがあるじゃないですか。
『水中の哲学者たち』で私は、むしろ弱くなるということを書いているんですけど、三木さんはどう考えていますか。

三木 :
私の場合、哲学自体は人を弱くも強くもさせない、単なるツールだなと思っているんですよね。
哲学者は、いろいろな事例や事象に関して概念や枠組みをいっぱい提案して、パズルを組み立てたりロジックで戦ったりする。
それって概念の空中戦みたいな感じで、研究者としての私にはそれも面白いんですけど、その一方で、現実の事象を見るツールとして使ってみようという思いもあって。
とはいえそれ自体としては弱さとも強さとも結びついていないんですね。

私は諸々の事情で、幼いころから世の中を生きづらく感じていて、最初に人生はもう無理だと思ったのは幼稚園のころでした。
そうしたこともあって、哲学を社会や世界の中で自分の置かれた状況とか立ち位置を見るためのツールにして、弱いものと強いものの間にある力の構造を見るのに使っていけるかなと思っている、というぐらいの感じなんです。きっと、永井さんの哲学への向き合い方とはかなり違いますよね?

(略)

■哲学は「良く見ようとすること」

■もにゃもにゃした自分が出てきた

■「大丈夫だと思える場」を探す

■寄り添って一緒に脆くなる

■弱いって、嫌なことですか

■哲学における他者

■「ごっこ遊び」としてのコミュニケーション

(2022年8月5日、講談社にて。構成/鈴木隆詩)
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