発酵水は、母なる海の恵みの日本在来の天然海藻(緑藻類・褐藻類・紅藻類)
およそ30種類を独自製法で長期自然発酵させて、手づくりで原液づくりをしている発酵飲料です。

「大寒」の水が最高の飲み水



※焼津市藤守の大井川伏流水の湧水

皆様、新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

私は水の仕事をさせていただいているので、今年最初のブログは「水」のお話をお伝えいたします。
それも古くから伝わる「大寒」の水の情報です。

ちなみに、新暦では今年の「寒」の時期は、小寒が1月5日、大寒は1月20日となっています。
ただし、日本古来の旧暦を目安にしている方たちにとってはこの限りではなく、小寒が1月6日頃から大寒が2月3日頃とされています。

いずれにしましても、1月5日頃から2月3日頃までの一年で一番寒い「寒」の時期の湧水を飲んだり、汲んでおいて一年分の備蓄にして飲むと、とても体に良くて健康に過ごせると椎葉クニ子さんは言います。

旧暦に従って古き良き伝統を守り続けて暮らしているクニ子おばばは、今も大寒の水を汲みおきして、自分たちはもちろんのこと、お客さんのおもてなしにも使用しているとのことです。

それでは椎葉村に古来から伝わる大寒の水の尊さについて、ご紹介させていただきます。

※過去記事の「ひえが大切な備えの食糧」も併せてご参照いただけましたら幸いです。

「大寒」の水を飲んで備蓄し、今年一年元気に!

『クニ子おばばと山の暮らし』
椎葉クニ子著 WEVE出版

■旧暦で自然と暮らす
ばばが変わらず続けていることといえば、「大寒(だいかん)の水」を毎年1年分汲みとっておくことです。
いわゆる「寒」は、小寒から大寒(1月6日頃から2月3日頃)の1年で一番寒い時期。

「九州の北海道」なんていわれている椎葉の冬は、雪深く、骨身にしみる寒さです。
厳しい季節だからこそ、力のある清らかな水が湧き出るのでしょう。
寒の水は、お酒や醤油、味噌をつくるときもよく使われてきた、日本人にとっては特別な水。

30ヘクタール近くある、ばばの家の山々には、山の神様、水神様のおかげで申し分ないほど、寒の水をいただくことができます。

毎年、ペットボトルに汲んでおき、山で仕事をするときに飲んだり、お客さんたちにおすそ分けしたり。
寒の水は雑菌がほとんどないきれいな水なので、蓋を開けなければ、何年でも腐ることがないですよ。
疲れているときや、風邪をひきそうなときに飲むと、やっぱり元気になります。

■正月の行事
山の水、作物、恵みをいただかないと、生きていけなかったばばたちは、昔ながらの風習を長いこと、大切に暮らしてきました。

たとえば、お正月の過ごし方なんかは、今の人から見たら珍しいでしょう。
まず元旦は、「若水(わかみず)汲み」をします。
年が明けて、最初に飲む水が「若水」。
この水でお茶を煎れて、オカン(正月だけは芋のことをそう呼ぶ)を炊いて、仏壇にお供えして、ばばたちもいただきます。

そして、元旦は外出せずに、家で1日静かに過ごすのがしきたりです。
人間だけでなく、ゴミも外に出してはいけないので、集めたら家の隅に集めておく。
また、タンスから衣類などのものを出すのもいけないので、前もって着替えをタンスから出しておいたり、音をあまり立てずに、穏やかに新年を祝うのが、ばばの元旦です。

翌日の2日は「仕事はじめ」で大忙しです。
「若木切り」といって、農作業で使うナタやクワの使いはじめとして、お祝いをします。
家の主は早朝に山に行き、万年暦を見て、その年、その日の恵みの方向に植わっているまっすぐに伸びたフユシバ(椿)、カジなどの木を切って庭に挿します。

それから、とび米をつけたユズリハを田んぼに刺して、クワを使って土をよせます。
これがばばたち農民の仕事はじめです。

家でも包丁の使いはじめ、ほうきの使いはじめ、子どもたちは書き初めをするなど、家族みんなが年明けの最初の仕事にとりかかるのです。

3日は外に出ずに家の仕事をする日で、4、5日は年始回りをして、正月の「五間日(ごかんにち)」が終わり一段落します。

6日は「モロメギ祝い」といって、家の中と外に飾っておいたユズリハにモロメギ(いぬがや)の葉とダラ(たら)の枝をつけます。
これは悪魔祓いの意味があるそうなんです。

■水神様からいただいた水
山を歩きながら、野草を採って食べたり、花を眺めたり、いつでも自然の恵みに囲まれて、ばばはありがたいなあと感じています。

自然からのいただきものを、孫やひ孫、その先の代までつないでいくために大事に守っていかないとという思いは、常に抱いていますよ。

ばばのうちは、私と息子夫婦と孫の4人暮らしですが、民宿『焼畑』を営んでいるので、お泊りのお客さんが大勢来ることがあり、台所が食器でいっぱいになります。
ただし、食器を洗う際、洗剤はほとんど使いませんよ。

あれは、”薬”じゃないけ。
汚れた食器はぬるま湯につけたあとスポンジで汚れを落として、洗い流せばそれで充分。

揚げ物などの油ものをのせたり、刺身、焼き魚など魚の生臭さがついているときのみ、少しだけ洗剤をたらして、洗っていきます。
水神様からいただいた大切な水を、化学薬品で汚して、自然にお返ししてはいけないからね。

昔は田植えのときは、手伝いに来てもらう大勢の方にお茶を出すためたくさんの湯呑を用意し、使う前は大きな鍋に木灰と湯呑を入れて沸騰させると、すっかりきれいになりました。
同時に消毒の役目も果たしてくれます。
木灰はたいていの汚れを落としてくれましたのでとても使い勝手がよかったのです。

ばばの実家のお父さんなんかは、使ったお茶椀やお椀を私たちに洗わせませんでしたよ。
当時、若い女たちの間で手につけるクリームが流行っていたので、「化粧品の臭いがつくのが嫌だ」というのが理由でした。
お父さんは卵や刺身など、生ものはいっさい食べず、野菜と雑穀ごはん中心の食生活だったので、生臭い匂いがつくことがなく、洗わなくてもよかったのでしょう。
食事が終わったらそのままお膳箱という食器を入れる箱に入れておりました。
原始おばばのお父さんらしい暮らしぶりですよ。

それと、ばばたちは昔からあまり風呂などは入りませんでした。
とくに真冬は湯船につかると湯冷めして風邪を引いたり、体力のない老人は、かえって体を壊してしまうことがありますからね。
農作業などで土まみれになったときぐらいに、入るのが習慣でした。

重い荷物を運ぶなどの力仕事をするときや、遠い道のりを歩くなど体力を使うときは、湯船につからんほうがいい。そうすると力が入らない。
昔の人が言っていることは、理にかなっていて間違いがないので、ばばたちは今も守り続けています。
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