発酵水は、母なる海の恵みの日本在来の天然海藻(緑藻類・褐藻類・紅藻類)
およそ30種類を独自製法で長期自然発酵させて、手づくりで原液づくりをしている発酵飲料です。

酒井大阿闍梨「同じことを続けること」



先日、塩沼大阿闍梨の「同じことの繰り返しで見える真実」をお伝えいたしました。
その塩沼亮潤(りょうじゅん)さんが子どもの頃、テレビで放映された酒井雄哉(ゆうさい)さんの千日回峰行の満行を見て、それをきっかけにして自然に千日回峰行に挑むようになったと言われています。

今日は塩沼亮潤さんの大先輩である酒井雄哉さんの御本から、お二人が共通してお話していらっしゃる真実、「同じことを続けること、そうすれば必ず何か見えてくる」をお伝えしたいと思います。

ちなみに、現代の経営の神様と言われている稲盛和夫さんも、ご自身の体験から、「人生で一番大切なもの」と題して同様のことをおっしゃっておられます。
これについては、後日またご紹介したいと思いますので、お楽しみに。

なお、酒井雄哉さんは既にお亡くなりになられましたが、塩沼亮潤さんは現役でご活躍中でいらっしゃいます。
お二人は宗派や千日回峰行が行われた霊山(酒井さんは比叡山、塩沼さんは大峰山)など、色々な違いがありますが、酒井さんは千日回峰行を2回満行されておられます。

ちなみに、比叡山延暦寺の長い歴史の中で千日回峰行を2回満行したのは、わずかに3人だとされています。

酒井大阿闍梨
「とにかく続けること、そうすれば必ず何か見えてくる」


『比叡山・千日回峰行 酒井雄哉画賛集 ただ自然に』
酒井雄哉 寺田みのる画 小学館文庫より

回峰行中の酒井大阿闍梨の1日。
午前0時起床、身支度後、2つの滝に打たれ、不動真言を唱える。
→午前1時半出発、約8時間で40㎞を走破する。
途中、2百60ヵ所の礼拝所で礼拝する。
→9時半帰着、それから師匠の食事やお風呂の支度、掃除、洗濯、雑用、お寺のお勤め、来訪者の応対など日課がある。 
→夜8時過ぎに就寝、回峰行中の睡眠時間は3~4時間、食事は2回。
(中略)「どこで断ち切られても、自分の一生だったといえる今日の1日でありたい」。


「阿闍梨さん(通称)に出逢って一番驚くのは顔の艶である。
顔の内側に電球でも入っているのではないかと思うほど、ピカピカ光っている。
とても大正生まれとは思えない。
「艶やかさの秘密を教えます」という本を出せば、たちまちに買い手が書店に殺到するであろうと思える。
それほどまでに見事な艶だ。
ところが、阿闍梨さんの30代の写真を見ると、あまり精気がなく、まったくの別人である。
阿闍梨さんは出家以来、本業ともいうべき道をひたすらに歩んできた。
40歳直前に得度して、小僧の修行から始め、親子ほども歳の違う若者たちと一緒に学校に通って勉強し、侍真(じしん)奉仕・百日回峰・常行三昧(じょうぎょうざんまい)の3年籠山(ろうざん)を経て、千日回峰行を2回満行、その後、日本各地・世界各地の巡礼行。
阿闍梨さんは刹那(一瞬)を惜しんで精進を重ねてきたに違いない。
毎日の精進、その積み重ね。続けたからこそ、その先に光が見えてきた。
後光とは、ひょっとしたら、内から生まれる艶を意味するのではないか。
穏やかな阿闍梨さんの笑顔に見入ってしまう」。

宗教学者 山折哲雄
(要約、編集しています)
千日回峰行では、歩く距離の総計が1日40㎞?1,000日≒約4万㎞になるという。
ほぼ地球の1周分である。
酒井大阿闍梨はそれを2回もやりとげている。
それだけでもう、地球を2周し、8万㎞になる。

他にも、中国で五台山巡礼やヨーロッパで世界平和巡礼、チベット教の聖地での行脚、日本各地など。
ちなみに、ブッダは約1,000㎞、キリストは約150㎞、親鸞は約2,000㎞、道元も約2,000㎞などなど。
いずれにしても、酒井さんの走行距離にはとても及ばないのではないか。
またこれが、現代において果たされていることがとても比較の段ではなくて、超人的ともいえる。

酒井雄哉プロフィール
大正15年大阪府生まれ。家業の失敗で5歳で東京へ。中学受験に失敗し、予科練へ志願し特攻隊になるが出陣の機会がなかった。戦後種々の仕事に就くが失敗。
新婚の妻の自殺を機に出家。修行の後、千日回峰行に挑み、平成2年には2回目を満行。平成25年9月逝去。
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